大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 平成10年(行コ)67号 判決

宇都宮市駒生二丁目八番一三号

控訴人(原告)

齋木輝夫

右訴訟代理人弁護士

一木明

佐藤秀夫

宇都宮市昭和二丁目一番七号

被控訴人(被告)

宇都宮税務署長 福田征治

右指定代理人

栗原壯太

木上律子

今泉憲三

齋藤隆敏

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は、控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一控訴の趣旨

一  原判決を取り消す。

二1  被控訴人が昭和六三年二月二二日付けでなした控訴人の昭和五九年分所得税の更正のうち総所得金額二八〇万三〇〇〇円、納付すべき税額三万四一〇〇円を超える部分を取り消す。

2  被控訴人が昭和六三年二月二二日付けでなした控訴人の昭和六〇年分所得税の更正のうち総所得金額二九一万〇六三〇円、納付すべき税額三万九七〇〇円を超える部分及び過少申告加算税賦課決定を取り消す。

3  被控訴人が昭和六三年二月二二日付けでなした控訴人の昭和六一年分所得税の更正のうち総所得金額二二六万一〇〇〇円、納付すべき税額〇円を超える部分及び過少申告加算税賦課決定を取り消す。

第二事案の概要

事案の概要は、次のとおり付加、訂正するほかは、原判決「事実及び理由」欄第二「事案の概要」記載のとおりであるから、これを引用する。

一  原判決四頁三行目の「事案である。」の次に「原審裁判所は、税務調査の手続に違法はなく、推計課税の必要性及び合理性が認められ、控訴人の実額主張も理由がないから、右各更正及び過少申告加算税賦課決定はいずれも適法であるとして、控訴人の請求を棄却したことから、これを不服とする控訴人が控訴したものである。」を加える。

二  同一〇頁八行目の次に行を改めて次のとおり加える。

「(1) 被控訴人は、控訴人が提出した昭和五八年分から昭和六〇年分までの所得税の確定申告書の記載内容等を検討したところ、いずれの確定申告書にも収入金額及び必要経費の額が記載されておらず、所得金額の算出過程が不明であったこと、運送業及び印章小売業を営んでいることからすると控訴人の申告所得金額が過少ではないかとの疑問が持たれたこと、控訴人に対する調査を従前実施したことがなかったこと等から、控訴人に対する調査が必要であると認め、被控訴人係官らにその調査を命じた。」

三  同一〇頁九行目の「(1)」を「(2)」と、同一一頁二行目の「(2)」を「(3)」と、九行目の「(3)」を「(4)」と、同一二頁ニ行目の「(4)」を「(5)」と、同一三頁二行目の「(5)」を「(6)」と、七行目の「(6)」を「(7)」と、同一四頁二行目の「(7)」を「(8)」とそれぞれ改める。

四  同三三頁二行目の「当事者間に争いがない。」の前に「少なくとも同額の収入があったことは」を加える。

五  同三九頁八行目の「平均所得率」の次に「等」を加える。

六  同四二頁一行目の「収入金額のみ」を「収入金額が少なくとも被控訴人主張の額はあること」と改める。

七  同五三頁三行目の「甲第二一三四号証」を「甲第二一三五号証」と改める。

八  同別表六の下から二行目の「第24回口頭弁論期日」を「原審第24回口頭弁論期日」と改める。

第三当裁判所の判断

一  当裁判所も、控訴人の被控訴人に対する請求はいずれも棄却すべきものと判断するものであり、その理由は、次の二のとおり付加、訂正し、三を付加するほかは、原判決「事実及び理由」欄第三「当裁判所の判断」記載のとおりであるから、これを引用する。

二  原判決の付加、訂正

1  原判決六七頁六、七行目の「によれば、」を「によって、昭和テスコからの燃料購入費とこれを含む全燃料購入費を集計すると、昭和六一年がそれぞれ一五五万三一九七円、一五六万九一九二円、昭和五九年がそれぞれ七七万四三九二円、一六九万0八八七円となるから、」と改める。

2  同六八頁六行目の「によれば、」を「によって、軽油を消費して得た本人の売上額とこれに下請に依頼して得た額を加えた建材業の総売上額を集計すると、昭和六一年がそれぞれ一二一三万四五二〇円、二〇六五万二五二〇円昭和五九年がそれぞれ七〇九万五九一〇円、一三五六万三〇一〇円となるから、」と、八、九行目の「五二・二パーセントに過ぎないというのであるから、」を「五二・三パーセントに過ぎない。」とそれぞれ改める。

3  同六九頁八行目の「第二四回口頭弁論期日」を「原審第三四回口頭弁論期日」と改める。

4  同七六頁六、七行目の「原告が陳述書に記載する」を「右美和子作成の陳述書に記載された」と改める。

5  同七九頁九行目の「一般軽貨物運送者」を「一般軽貨物運送」と、一〇行目の「それぞれ意味し」を「それぞれ意味するものとして」とそれぞれ改める。

6  同九八頁三行目の「四四八万二四六円」を「四四九万一二一一〇円」と、五行目の「五一一万二五六九円」を「五一一万六六三三円」とそれぞれ改める。

7  同一〇〇頁二行目及び四行目の各「本件各処分」をいずれも「本件課税処分」と改める。

三  当審における主張について

1  控訴人は、残土処理業においては、残土の建設現場からの排除に価値があり、残土の排除そのものに対して対価が支払われるのであって、その後の残土の扱いに対しては顧客は価値を見出さないのに対し、他方、運送業における営業内容は荷物の場所的移動であり、荷物の安全・確実な移動そのものに価値があり、安全・確実な移動そのものに対して対価は支払われるのであって、この残土処理業と運送業における運搬作業の価値の違いと運送業における荷物の多様性の差異が、甲第二一四〇号証及び第二一四一号証によって明らかなように、運送業者は残土処理業者の実に約一・五倍ないし一・九倍もの料金を獲得できる原因なのであり、料金算定基準において類型的に一・五倍ないし一・九倍もの格差が存在しているのであるから、到底営業形態に同質性があるとはいえず、残土処理業においてダンプカーによる運搬という要素が現実の業務の中心であったとしても、運送業とは全く異なる業種であるにもかかわらず、原判決は、第一に、残土処理業のそもそもの目的が残土の「運搬」にあるのではなく、「処理」にこそあり、その処理方法は極めて多様であって、単に「運搬」した重量と距離によっては報酬を計算できないこと、第二に、運送業の運賃決定は行政庁の指導により強く影響を受けているが、残土処理業にはそのような指導が存在していないことという重大な二点をいずれも無視して、控訴人の残土処理業を運送業と同一(又は類似する)と認定したのであるから事実誤認であり、また、このように業種が異なるのにこれを無視した同業者比率法を合理的と判断したのであるから、法令適用に誤りがあると主張する。

しかし、甲第二一四〇号証は、貨物自動車運送事業法により運賃・料金の届出義務を負う一般貨物自動車運送事業者の基準運賃について、平成六年二月二五日に発せられた通達に基づき公示された範囲内の運賃率表の上限を基準運賃率表として記載したものであり、これから直ちに運送業者全般についての実際の運賃額が把握できるものということはできず、また、甲第二一四一号証の六六九頁に記載の残土等運搬費は、平成九年一〇月当時の東京建輸会事業協同組合の試算価格であり、道路の渋滞等の著しい場合は別途考慮され、地山の密実の度合によって異なり、毎日の回送費については、必要に応じて別途計上のこととされているから、これから直ちに残土処理業者の実際の残土筆運搬費が把握できるものではなく、さらに、同頁に記載の残土等処分費についての右組合の公表価格は、一〇トン車一合当たり七〇〇〇円から一万三〇〇〇円とされているが、栃木県地方では七〇〇〇円程度であろうとの控訴人の主張を裏付けるものはない。したがって、このような年度も異なる甲第二一四〇号証と甲第二一四一号証を比較することによって、運送業者は残土処理業者の実に約一・五倍ないし一・九倍もの料金を獲得できるものと認めることはできない。そうすると、運送業者と残土処理業者とでは料金算定基準において類型的に一・五倍ないし一・九倍もの格差が存在していることを根拠として、到底営業形態に同質性があるとはいえないとする控訴人の主張は、その前提を欠くものといわざるを得ない。

2  控訴人は、比準同業者の選定に関して、関東信越国税局長は、五つの条件を付け、それに該当する業者を選定するように被控訴人に指示したものであり、その第一番目の条件は、「暦年を通じて貨物自動車(軽自動車を除く)を用いて顧客の依頼により対価を得て貨物を運送することを継続して営んでいた者であること。ただし、路線を定めて運行する者及び多数客の小口貨物を運送する者を除く。」というものであるから、運搬する物の特定性は全く読み取ることができないところ、本件において現実に選定された運送業者の選定基準は、運搬する荷物が特定の物であるか否かであるから、現実の選定作業を行った被控訴人職員が、右条件を読み違えたか、あるいは恣意的選定を行ったとしか考えられず、同人により説明される運送業者の分類は誤りといわざるを得ず、同人による同業者の選定は恣意的もしくは不合理であるといわざるを得ないと主張する。

しかし、証人印南賢二の証言によれば、被控訴人は、運送業を、一般貨物運送、特定貨物運送及び一般軽貨物運送の三種類に分類したものであり、一般軽貨物運送とは軽自動車を用いて運送することを、一般貨物運送とは、前記ただし書きにいう、路線を定めて連行すること及び多数客の小口貨物を運送することをそれぞれ意味するものであり、これらを除いたものが特定貨物運送であって、それは特定の貨物を運送すること意味するものであるとして特定貨物運送を営む者を抽出したことが認められる。したがって、本件抽出基準からは運搬する物の特定性は全く読み取ることができないということはできないのであって、被控訴人における右抽出が本件抽出基準の条件を読み違えたとか、恣意的選定を行ったとかいうことはできない。控訴人は、右分類によれば、一般軽貨物以外で、路線を定めずに小口貨物以外の不特定の荷物を運搬する業者は、どこにも分類されずに漏れてしまうことになると主張するが、小口貨物以外の貨物は特定の顧客の貨物であるから一般的には特定の貨物ということができるというべきであり、また、控訴人は残土という特定の貨物を運送しているのであるから、その比準同業者の選定に当たり、特定の貨物を運送する者を抽出したことにより、抽出の合理性が損なわれるものということはできない。

3  控訴人は、仮に被控訴人が、特定の荷物を運搬する業者を比準同業者として選定したとすれば、その荷物の種類によって収入や所得率が変化するか否か、あるいはその変化が運送業者一般の法則性の範囲内のものとして無視し得るものであるかが検討されねばならないところ、原判決によっては一切検討されていないが、運送業における個別具体的な運賃は、荷物の比重や荷積荷下作業の難易度によって、当然に一定の違いが発生するのであり、被控訴人は、特定の荷物を運搬する業者から比準同業者を選定したと主張するのであるから、その荷物の種類は特定できるのであり、その特定荷物の種類が控訴人の運搬荷物とされた残土と類似しているか否かの対比が可能であるはずであるから、この点の対比を無視して、売上に対する同一の利益率を用いて推計するのは、不合理であると主張する。

しかし、そもそも推計課税における比準同業者とは、個別的には種々の差異があることを当然の前提としながら、比較的類似していると認められる一定範囲の同業者を抽出し、それら同業者の平均値をもって推計の基準とするというものである。ところで、特定貨物運送という業種に分類される運送業を営む者として控訴人の比準同業者に抽出された者が、現実にどのような貨物を運送しているのかという個別的な営業条件の差異により、その同業者の平均値による推計自体を不合理ならしめるほどに顕著に類似性を欠くものと認めるに足りる根拠はなく、そのような営業条件の差異は、抽出された同業者の平均値を求める過程で捨象されるものというべきである。

4  控訴人は、控訴人が営業していた残土処理業は、一般に、注文を受けた業者のみで短期間に処理することができないこと、及び注文が途切れて仕事がない期間の発生を防止することの必要性から、受注した注文のうち、自分が指定された期間内に処理できない分を業者仲間で下請契約を用いる方法で振り分け合っていたが、その下請代金は、ほほ元請代金額と同一であり、例外的に差益が生じることがあったとしても、その率は売上額の三ないし六パーセント程度にすぎないところ、控訴人においても、昭和五九年度は四七・七パーセント、昭和六〇年度は三〇・二パーセント、昭和六一年度は四一・二パーセントが下請けによって処理した収入であったから、仮に控訴人の残土処理業が運送業に類似しているとしても、運送業者の利益率が適用できる範囲は、控訴人自らが処理した売上額に限定されるべきであって、控訴人の売上額のうち、約三〇パーセントから約四八パーセントという高い比率を占める下請けによって処理した売上額において、真実においては利益が全くあるいはほとんど発生していないにもかかわらず、原判決は、認定した被控訴人の全売上額に運送業者の約三六パーセントから約四〇パーセントの利益率を乗じて、推計所得を算出しているものであり、事実誤認もしくは法令適用の誤りがあることは疑いないと主張する。

しかし、控訴人の主張は、運送業者の場合は、残土処理業者と異なり、ほとんど差益の生じない下請けを用いることはないということを前提とするものであるところ、運送業者についてそのようにいえる根拠は明らかでなく、しかも、本件抽出基準に基づき特定貨物運送を営む者を比準同業者として抽出する場合、控訴人が主張する残土処理業者も残土という特定の貨物を運送するものとして当然抽出対象になるのであるから、そのようにして抽出された特定貨物運送業者の利益率が適用できる範囲について、控訴人目らが処理した売上額に限定されるべきであると解さなければならない根拠はない。

5  控訴人は、昭和五九度の運送収入に関する被控訴人の推計値は、五回も推計を重ねているのであるから、そのこと自体ですでに合理性がないというべきであり、同年度の所得を推計するには、この数値に更に所得率を乗じているのであるから、実に六重の推計であって、ますます合理性に欠けるところ原判決は、五重の推計があっても、それぞれ控訴人に有利な推計であるから合理性がある旨認定するが、このような五回も推計を重ねているのは、有利不利との範暖を越え、そもそも推計の名に値するか否かの問題であって、被控訴人主張のとおりにその推計値を修正してみると、被控訴人の主張金額の三倍もしくは四倍にもなってしまうのに、原判決は、この不合理性には一顧だにしようとせず、控訴人に有利であるから合理的であると判示していることになるが、このような甚だしい結果になるのは、その推計方法それ自体に誤りがあるとして排除するのが自然であり、少なくても問題があるのではないかと疑問に思うのが当然であると主張する。

しかし、五回ないし六回の推計を重ねているからといって、そのこと自体ですでに合理性がないということはできないのであって、被控訴人において確実に把握できた数値に基づき控訴人に有利になるように推計した結果である以上、合理性を肯定することができる。

6  控訴人は、被控訴人は、昭和六一年度の「運送業」収入を同年における昭和テスコからの軽油購入量で除して、一リットル当たりの収入を計算し、これに昭和五九年度に使用した軽油量を乗じて同年度の収入を推計しているが同時に、昭和六一年度の収入にはダンプカーを用いない収入が二〇・七パーセント存在することを認めているから、これを除外して軽油一リットル当たりの収入を計算しないと、その単価が不当に高くなると主張する。

しかし、被控訴人は、控訴人が提出した書証に基づいて、ダンプカーの運搬以外のものと認められる「残土捨場代」及び「D50P」について、売上金額に占める割合を算出すれば、昭和六一年分は二〇・七パーセントとなり、控訴人の収入金額の大部分は、ダンプカーを用いた運搬に係る収入金額と認められるのであり、比準同業者と業態を異にするものではないと主張しているものであって(平成九年一二月一八日付け被控訴人準備書面(二)三八、三九頁)、被控訴人としては、控訴人提出の書証を前提とした主張をしているにすぎず、控訴人の昭和六一年分の収入にはダンプカーを用いない収入が二〇・七パーセント存在することを認めているものということはできない。しかも、控訴人の昭和六一年分の収入にダンプカーを用いない収入が二〇・七パーセント存在するとして計算してみても、昭和六一年分の建材業に係る収入金額一六七八万七〇〇〇円の七九・三パーセントの一三三一万二〇九一円がダンプカーを用いた収入となり、これを昭和テスコからの軽油購入量一万七二二六・二リットルで除すと軽油一リットル当たりの収入金額は七七二円七八銭となり、これに昭和五九年中の昭和テスコからの軽油購入量一万〇八六二・二リットル(ただし、同年四月ないし一二月分のみであり、実際には更に多いと推測される。)を乗じると八三九万四〇九〇円となり、控訴人提出の書証により計算される昭和五九年分のダンプカーの運搬以外のものの売上金額に占める割合は四・七パーセントと認められるから、全体の収入金額は八三九万四〇九〇円を0・九五三で除した八八〇万八〇六九円となり、これに比準同業者Aの昭和五九年分の所得率の平均値である三九・八七パーセントを乗じた所得額は、三五一万一七七七円となり、これに印章小売業分所得の七四万七一三三円を加えた所得合計額は四二五万八九一〇円となり、これから事業専従者控除額の四五万円を控除した総所得金額は三八〇万八九一〇円となるところ、本件各更正に係る昭和五九年分の総所得金額は三三五万一一四九円であり、右推計により算出される総所得金額の範囲内にあることが認められる。したがって、控訴人の主張のとおり、昭和六一年分の収入にダンプカーを用いない収入が二〇・七パーセント存在するとして計算してみても、昭和五九年分の更正が適法であるとの結論に影響するものではない。

第四結論

よって、控訴人の請求はいずれも理由がないから、これを棄却した原判決は相当であり、控訴人の本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 原健三郎 裁判官 岩田好二 裁判官 橋本昌純)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例